渡る世間は無情なほどに

選び放題のアラカルト

・いまの僕が笑えるのはあなたがいたから

 

 5年。

 

 長いよね。あの時は高校に上がったばっかりだったのに、今や大学3年生だもん。もちろん冷めたりした時期はあったけど、1度も離れることなく5年が経ったのって、すごいなあって思う。

 

 

 色んなジャニーズタレントを応援してきて色んな経験をしたけど、ここまで何度も何度も救われたと思うのはWESTだけ。WESTがデビューした頃が、丁度私が現場通いを始めた時期で、だから1年目の現場ってリリイベと少年収以外行ってなかったりするけど、とにかく現場通いの醍醐味や遠征の楽しさを教えてくれたのはWESTだった。

 

 現場に関しては、沢山の忘れられない思い出もある。毎ツアー楽しく過ごさせてもらった。舞台の世界も知れたし、様々な名作に触れる機会を貰った。ファンサービスも然り。これは自担に限った話だけど、あの日あの公演のきみメロは消化するのに結局3年以上かかった。というのも彼はあれを越えるファンサをくれたからだけど、まあ割愛(笑)

 

 現場だけじゃなくて、曲もそうだよね。例えば逆転Winner。攻守ある競技をしていた私だったから、歌詞がすっごくフィットして。発売頃がちょうど高校最後の試合だったのもあって幾度となく聴いたのも、もはや懐かしい思い出だな。引退試合から受験期までもずっと聴いてた。最近でいえばホメチギリストもそう。嫌なことも、急な環境の変化も、おかげで乗り越えられたな(にしてもセリフがビールなのは心強かった)

 

 友人関係の出来事も数えきれないほどある。WESTがきっかけで喧嘩になったこともあったね(あれは一生語れる(笑))。気の合わない人と繋がっちゃって、ご縁を切ったことも少なくない。逆に、素敵な出会いも沢山あって。もう担降りしちゃった人も多いけどWESTで仲良くなれた子がいっぱいいる。愛方が出来たのもWESTきっかけだったし、数年来の盟友となった人もいる。大学に馴染めたのもWESTのおかげだし、新しく大事な人たちも出来た。

 

 

 でも、だからこそ、もしWESTと出会ってなかったら、私はどんな暗い人生を歩んでいただろうってよく思う。それは、友達が限りなく少ないだけじゃ済まないかもしれない。

 

 あの時、人生ってなんだろうって本気で考えてた私が立ち上がれたのは、ライブツアーなどを通して「顔晴れ」メッセージをくれた彼だった。私の地元や身近な場所でロケしたり、アホなことして大笑いしてるWESTだった。些細なことかも知れないけど、彼の、彼らの一挙手一投足が、私を笑顔にしてくれたのは、私の笑顔を取り戻してくれたのは、紛れもない事実。

  

 それに、彼らはずっと、近所の兄ちゃんでいてくれた。魅せるライブより楽しむライブを作り続けてくれた。何も変わらないその場所には、毎年すごく安心した。1年間これで良かったんだって思えた。

 

 

 こんなに色んなチカラ貰ったんだから、どれだけ彼らがアイドルらしくなくても、私のアイドルであることに間違いはないよ。だから、結成記念日に投稿したブログと同じ言葉になっちゃうけど、

 

 これからの活動も、彼らにとって素敵なものでありますように。そして、彼らの輝きが、笑顔が、また私を救ってくれる世界でありますように。

 

やっぱりこれが私がWESTに伝えたい1番の言葉かな。

 

 

 5周年って大きな区切りだから、ちょっと重たい話になっちゃったけど、 これで私も色んなことが消化できたと思う。もうすぐ年号も変わるし、私もまた彼らと一緒に新しい時代を歩んでいきたいと思う。改めまして、

 

 ジャニーズWEST、CDデビュー5周年、おめでとう!!!

・君と素敵な夢をいつまでも見ていたいから

 初めてWESTで記事を書くなあと思いながら。

 

 

 

 決して王道ではない。ジャニーズらしくない。それでも、ジャニーズらしさは彼らにはちゃんとある。分かる人が分かればいい。彼らは遠くに行かなくていい。そう思ってしまう。

 

 

 

 先日、有難いことに良い席に入らせていただいて、重岡大毅の背中の小ささに驚いた。自担がみんなガタイが良かったりして広い背中を見てきたから、彼の背中は小さくて細かった。

 

 そんな背中でジャニーズWESTのセンターを張ってるんだよね。どんなだったかはわからないけど、間違っちゃいないの歌詞を書くぐらいには辛くてどうしようもなかったことがあったんだよね。ふざけ倒しているように見えるかもしれないけど、(ってかふざけ倒してるだろうけど、)あの背中で物凄く大きなものを背負ってるんだろうなあって、ほぼ5年経って気がついた。

 

 

 重岡大毅はファンサしないことである意味有名である。でも、ちゃんとファンサしてるよ。それから、真剣にファンのこと考えてくれているんだなって思う。

 

 ジャニーズWESTのライブで特徴的なファンサタイム。外周やらトロッコやらでみんなが動き回る。Jr.も立たせる。だけどどうしても誰もいない空間ってものは出来てしまって。でも気づいたらそこに彼がいる。ファンの子たちを構いながら、メンバーの誰かが来たらバトンタッチをするように、また別の誰もいないところに走っていく。

 

 よく周りが見えて、グループを引っ張っていける、やっぱセンターなんだって感じた。こんな人が引っ張る素敵なグループだなって、5周年を目の前に改めて思った。

 


 5周年。あっという間だった気がする。あの頃高校進学を目前に控えていた私も、大学生活を折り返そうとしている。

 

 

 決して万人ウケするアイドルでないことは重々承知の上、それでも私は彼らに人生を変えられた。ドン底から這い上がれた。だからこそ大事なグループで、大好きな人たち。もしあの時彼らを知らなかったら、どんなに暗い未来が待っていたんだろうともよく思う。

 

 それもまた、先日、実感した。笑ったと言うよりも、破顔したと言う表現がより相応しいような。ああやっぱりこの人が、この人たちが、私の笑顔を作ってくれてるんだって。

 

 

 

 だからこそ、これからの活動も、彼らにとって素敵なものでありますように。そして、彼らの輝きが、笑顔が、また私を救ってくれる世界でありますように。

 

 

 

重岡大毅は担当ではありません。

 

・推しメンがアイドルを辞めた時2

 

chamomileol.hatenablog.com

 

 この記事を書いたとき、私は他の女子アイドルにハマるとは思ってなかったし、卒業を再び経験するとは思っていなかった。

 

 ももが辞めてから数ヶ月、ちゃんとチキパの応援はしていたつもりだったけど、あんまり身は入らなかったみたいで。なんか気づいたら浅川(浅川梨奈/SUPER☆GiRLS)にハマっていた。

 

 いつハマったとか、理由とか、きっかけとか、何一つ思い出せないんたけど、ももの個人アカウントを知るまでの数ヶ月間の出来事だった。

 

 いやでも待てよ?とLINEのトークを検索してみたら、ももが辞める前から「浅川」という単語は出てきていた(ちなみに高校卒業直前にスマホがぶっ壊れているので、2017年2月末からしか履歴がありません)。そんで繋がりの長い子たちに聞いてみたら、「ももちゃん不安定な時期に浅川にいったくない??」と言われた。まあようはそういうことらしい(どういうこと)。

 

 とにかく、ももが辞めたあとには確実に浅川が好きだったわけで。推しだったわけで。そんな浅川もついに卒業してしまった。

 


SUPER☆GiRLS 新たなる道へ (浅川梨奈編)

 

 10代のうちに卒業するとか浅川らしくて。女優業で残るとか嬉しくて。悲しいけどなんだかほっこりして。

 

 それも一度だけ会いに行けたことが大きいのかなって思う。さすがにやっぱりライブは行けなかったんだけど。写真集のリリイベ行ったんだ。初めて会いに来れたことも伝えられて、頭ぽんしてもらえて、剥がし無視で引き止めてくれて。あの時のチケットをどれだけ見返しても"握手会"なのに、そんな対応が益々好きにさせて。

 

 今そんなことを思い出して、あーほんとに好きだったなって思う。

 

 あくまで在宅推しではあったし、何か言える立場でもないけど、それでいいのかって思えるような子だった。確かに本人がいつも言うように世の中の理想のアイドルではなかったかもしれないけど、私の理想のアイドル像はしっかり貫いていてくれたよ。

 

 だからこそ、(ももも大好きなアイドルだったけど)ももの時とは違って、後悔もなく笑顔で送り出せるんだ。

 


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 ありがとう。お疲れ様。

 

 もしかしたら浅川が最後の女子ドルの推しになるかもしれない(ジャニーズの方はまだしばらくは続きそうです)。わーすたちゃんとかゆるゆる推してる子はいるんだけど、好きだけど推しだとはっきり言は言えてないかなあ。女子ドル情勢も良くないし、いますぐどこかにハマるとも考えにくい。今まで私が推しと呼ぶほど好きになった女子ドルは、ももと浅川の2人だけ。

 

 今後は、芸能には残る浅川と、芸能に戻ろうとしているももを、また密かながらに応援していようと思います。

・その確かな歌が聞こえる

※5×20ツアーのネタバレを含みます

 

 12月25日、聖なる日。ついに自名義で嵐さんのライブに入ることが出来ました。

 

 なぜ4年も前に担降りしたはずの私がまた名義を作ったのかというと、このツアーがアニバ魂であったから。今の自担たちは少なからず(というか菊池の兄さんに関してはかなり)嵐さんの影響を受けていて、今の私のドルヲタの根本も嵐さんが作ってくれていて。だけど嵐担をここまでずっと続けていた友達たちには申し訳なくて、だから急遽名義作って投げたらまさかのクリスマスに当たった(それこそ申し訳なかったけど、周りの嵐担はみんな優しいからちゃんと送り出してくれたと思ってる)

 

 エモいとかしか言えなくなった流石の語彙力だけど、ちょうど公演終わりにweb開いたら刹那ルツブヤキが更新されてて、菊池の兄さんがすべてを代弁してくれていた(偶然)

 

 でもどうしても、いくらか時間が経っても消化しきれない部分があって、このブログを書くことにした。

 

果てない空

 

 そもそもこの曲に来るまでに、私が一番好きな曲Breathless、自分がヲタクだと自覚した曲Everythingと、私的エモエモ曲が続いていて感極まっていた。からの何故か1人上段に立っている二宮さん。彼こそが元担。あ、これなんか来るわ?って思ってたら、まさかのほぼほぼ1人で歌うという。

 

 有難いことに嵐さん以外にもグループ問わずたくさんの現場に足を運ばせて頂いていて、ある程度の演出予想ってつくようになってしまった。詳しく書くのは避けるが、この曲はこんな感じかな?と思ってたらほんとにそのままやったこともある。

 

 今回の嵐さんでもある程度予想はしてみたけど、その斜め上をさらに最高の形で突き進んでくんだよね。セトリは確認してた。エモくて強いなって思ってた。でもそれ以上だった。曲のつなぎ方も、照明のあて方も、ステージ上の動きも、特攻の出し方も。さすがMJ様。

 

 その日のMCでも言っていたけれども、翔さんが持ち込んだHIPHOP系のC&R、心地よかった。これこそが私の大好きな"ジャニーズ"のライブの一体感だなって思った。

 

 散々盛り上がっても果てない空の頃には静かに聞き入る形ができていて。そこにニノの歌唱力。しかもメンバーも絶賛するぐらい絶好調だったらしい。かなり震えたし鳥肌たったし、聞き入りたくても、なんとなくこのまま固まっちゃう気がして最後まで黙っていられず、同行者についやばくない?ともらしてしまうほど(笑)

 

 いくつかのWSで東京後半初日の映像が流れていて、果てない空ももちろん流れていて、すごいな〜とは思っていたんだけど、なんか表現できないくらいやばかった。

 

 しかも、その日のMCから考えるに、その日は突如ルーティーンを変えている。ルーティーンというルーティーンもないような人だけれども、ヲタクの会場入りより早く、16時にはスタンバイが完了していたと言う。急に変えてちょっとは調子狂うのが普通だろうに、狂うどころか絶好調で歌い切ってくれた。

 

 あの歌声は、猛烈なインパクトとして残っていて、かなり鮮明に思い出せる。再現は出来ないけど(笑)

 

 あー生歌ってこのためにあるんだな、とか思っちゃった。割かし自担って歌唱力高めの人が多いけど、ダントツ。そもそも規模が違うしな、普段から生歌な人もいるし。

 

 

それにしても酒のつまみはテレビ、とan・anで言ってるあたり最高だよ。MOREでも言ってたけど、ステージで輝くために普段をありのままに見せるってスタイルが素敵すぎるよ。

 

 


やっぱり二宮和也は私のトップアイドルだ。

やっぱり原点である嵐さんは頂点だ。 

 

 

 ところで、あの量のスワロ使って、特攻も派手に出してて(上から花火出すの初めて見た)、ほんとにチケ代1万円切ってていいんですか?

 

・国民的Sexy

 2016年8月25日。全セクラバに衝撃をもたらした、あのふまけん雪解け記念日。皆が混乱し、とりあえずと山Pに感謝したあの日のことは、今でもしっかり覚えてるよ(まあ、その後自分が山Pにもハマるとは思ってなかったけど)

 

 喧嘩をしたわけでもなくただすれ違い、次第に離れていった当時の心境は、後に細かく語られることとなったが、画面越しの我々にも辛そうに見えた気がする。でも時折溢れ出るシンメ感が私は大好きで、そんなのもいいなって思ってた。

 

 あの日を境に溝がなくなったふまけんは、さらに表情豊かになって、その良い雰囲気がそのまんまSexyZoneの雰囲気となった気がする。

 

 さあ、行くぞ。若くして大きな試練を乗り越えた上、素敵な雰囲気となった彼ら5人は、もしかしたらこの先、トップアイドルになれるかもしれない。そう認識したのは、2017年の5thアニバーサリーツアー、5TAGEだった。

 

 この辺は、本旨とは異なるので割愛するが、以前の記事で、私は以前の記事でこんなことを言っている。

 

彼らの多くがアイドルヲタクだから、アイドルらしさとは何たるかを見事に理解して咀嚼して、それを表現しているんだよね。・Sexy"娘。"時代 - 渡る世間は無情なほどに

 

 特に、コンサートの演出等を引き受ける菊池風磨により身近なのは、嵐。それこそトップアイドル。そういうことなのかなって思う(どういうこと)

 

 そうは言っても、たかがヲタクの戯言。応援することで、1を2にも3にもできるが、0を1にすることが出来ない。まだかまだか、早く世間に見つかれ。そんな風にしながら、増えてきた個人仕事を少しずつ盛り上げていくうちにやってきたのが、24時間テレビ41だった。

 

 最初は嘘だと思った。まず発表早くない?って。でも早く発表することで、2018年のコンサートツアーを回りながらも、番組の準備だけでなく単発の冠番組もやらせてもらえたのは、本当に大きかった。

 

Sexy時代を創り出す 新しいAgeへ

 

 彼らはデビュー曲でそう歌うが、今年の24時間テレビの裏テーマと感じるぐらい、ピッタリだった。だから生放送中に歌うなんてやっぱり、感涙したよね。

 

 ハッシュタグもその一環かな。ってか!!!けんてぃーがタグを作ってくれて、聡ちゃんが使いやすいようにしてくれて、しょりマリは気ままに、でもたまに使ってみたり。マリちゃんは英語も教えてくれるね。そうやって新しいものを取り入れつつ、ふうまくんがしっかり「無理はしなくていい」と諭してくれる。個人ブログでこんなに協調してるグループってほかに見たことない…。

 

 話は逸れましたが(逸れすぎ)、今回の24時間テレビの目玉タグ、「#国民的Sexy」って、やっぱ素敵よね。彼らの考えるSexyを、まだ言葉では上手く表現出来ないけれど、色んな意味が含まれてて、色んな解釈ができて、また新たなSexyにつながって行く気がしたんだ。

 

 そんな24時間テレビのスタートは、2018年8月25日。あのふまけん記念日からちょうど2年。こうやって考えて、感情をまとめようとすると、どうしても泣きそうになるし、エモいとしか表現出来ない。

 

 EDの言葉、ひとつひとつが胸打たれた。弱さを認めることってとってもとっても難しいのに、5人それぞれが自分の弱いところを言葉にしたって言うのは、本当に泣けたよね。

 

 今の若い人に出来ない多くのことを、SexyZoneはしっかりやってくれる。その真っ直ぐさが、やっぱり好きでしかないし、もっともっと大きくなって欲しいなって思う。

 

本当に僕たちSexy Zoneは、嵐のような国民的スターとはほど遠いジャニーズの後輩の後輩です。Sexy Zone、24時間TV終了後の武道館で感謝のあいさつ【全文】 | マイナビニュース

 

  中島健人が終了後の挨拶で語った中に、こんな一文があった。ヲタクがどれだけいつか叶うと信じても、きっと彼らも目指してはいるのに、いつまでも謙虚な姿勢がまた彼らの魅力だと思う。

 

トップになりたいって夢絶対叶えようね

 

 この2日間、1番思い出したいつかの相葉雅紀のこの言葉。今のSexyZoneに重なる部分が大きかった。

 

 彼らは最初から、これがゴールじゃないと言っている。さあここから、新しい時代を、Sexy時代を創り出そう。彼らと、支える我々とで、出来ないことじゃないよ。5TAGEがSexy時代の幕開けだとしたら、この24時間テレビがSexy時代のスタートダッシュだと思う。

 

 今後のさらなる活躍を楽しみにしています。

 

 Sexy Thank You🌹

 

 

 

 

 

 

 

・猪狩蒼弥はエリートJr.である(?!)

 「猪狩蒼弥」ってなんか文字並びがジャニーズJr.の中でダントツでかっこよくないですか?舞台のエンドロールでもよく思うけれども、PON!公式が上げてくれた楽屋前の名前札がとてもかっこよかったのが記憶に新しい…。

 

 

 そんな猪狩くんなんですけど、本日入所5年を迎えました!おめでとう!

 

 5年のうちの4年ほどを応援させてもらって、思うことはただ一つ。

 

「猪狩蒼弥はエリートJr.である」

 

 現在何百(?)といるJr.及び研修生。ユニットを持っているだけで、40人?50人?、とにかくめちゃめちゃ多い。その中でこんなにも成長していく"ヲタクに優しい"Jr.はそうそういないが、(というかユニットの面々はみんな大人だよね、出来上がってるよね、)彼は順々に成長してくれたと思う。ギブアンドテイクじゃないけど、応援しているヲタクとしてはかなり満足している。

 

 そんな彼の5年間を、ちょっとばかり振り返ってみたい。(ジャニヲタ特有の言葉とか略語とかにルビふれなかった…、すみません…、ステマブログにしたかったんだけどな…)

 

 

 

2013年

 

 6月28日入所。エリートの第1歩、スカウト組です。ローラースケートで入所なんて、今の若手じゃ特例。翌月、7月収録のザ少年倶楽部に出演しています(早すぎる)。8月にはリアルスコープのお台場イベントで、佐藤勝利(SexyZone)のバックについています。9月にはドリボ、初舞台。11月にはKis-My-Ft2のコンサート、SNOWDOMEの約束にローラーを履いてバックについています。

 

2014年

 

 トニワとかここでしたっけ?2014年から主にSexyZoneのバックにつき始めます。ハマる前だったけど、セクセカで嶺亜のスケボーじゃないあの滑ってたのって、今思えば蒼弥のローラーだったんだよな…。この年EXシアターが出来まして、記念に地上波でライブ映像が流れました。そこでハマっちゃったんだよ、わたしは(笑)あの頃はまだぷにぷにしてましたよ。

 

2015年

 

 ジャニワ、春ツアー夏ソロ魂とセクゾバックについていました。サマステもあったね。ジャニタレにとって最も重要なMyojo初登場は、多分この年です。色々割愛して、10月26日、HiHiJets結成(初期は5人体制のJetsですね)。突如ユニット名のついたMyojoのそのページ、何部集めたことか…。でも海外修学旅行で結成記念の新聞買えなかったことは、一生恨みます。冗談はさておき、以後HiHiJetsはかなり変遷していき、最終的にはまたメンバーの違う今の5人体制のJetsに戻って来るのですが、ここでは省略させていただきます。っていうかコロコロ変わりすぎて正確には覚えてない()ちなみにこの時、猪狩蒼弥、怪我してます。骨折してます。練習中の転倒と言われてます。この後、結構転んじゃうことが多くなりました。プレッシャーだったのかな?とにかく年末からのジャニワは、基本的にサポーターを装着して出演してました。

 

2016年

 

 クリエとか、サマステとか。サマステは確か、ユニット公演以外も常時バックについてたブラックワーカー時代(笑)秋のドリボに出演しながら少年たちにも顔を出すタフっぷり。Mステとかのバック出演も増えて、確か年初めに初めて雛壇座ったんだっけ?前年末だっけ?15-16ジャニワからきたけんしょりJetsMステ披露なのは確かです。転んじゃったんだよね。(記憶曖昧)

 

2017年

 

 ジャニアイ。Jr.祭り。クリエは怪我で全公演欠席。取材中の怪我とはちょっと理解不能だったけど、確実にこれを機に、仕事への向き合い方が変わったように感じました。雑誌でも対談で泣いちゃったりしたね。夏のテレ朝では夏祭りのアシスタント(なにそれ)。キントレ。謎の夢島。Jr.dexもこの年でしたっけ。

 

2018年

 

 ハピアイ。さっくん加入の新生Jetsでクリエ単独、素敵。自己紹介Rapを作詞、Rapを披露。テレ朝夏祭りスペシャルサポーター就任。前任King & Princeを追いかけると、初めてデビューについて口にしてくれました(嬉しくなってめちゃめちゃ新聞買った)。テーマソングのRapも作詞したみたいで。サマステもバック指定なしのガチ単独が決まってますね。そして9月ドリボまで出演決定済みです。

 

 

 

いかがでしょうか?割愛や個人的感情も多いですが、猪狩蒼弥の5年間、濃くないですか?何も知らない4年前の私が、まだ幼い彼を発見し応援しはじめたことは、誇りに思います。

 

改めて、入所5年、おめでとう。さらなる飛躍を願っています。

・無茶しすぎ現場選手権

 最近たくさんの現場に足を運ぶようになった。現場が好きで楽しくて、何よりも優先しているうちに、武勇伝とも言える無茶エピソードがチラホラ現れてきたので、ランキング形式でまとめてみたい(笑)。

 

5位:帝劇昼公演からの5限(2017)

 

 担当及び自分の誕生日につき、昼公演を確保。ちゃんとカテコでお祝いされてるのを確認した私は、駅へダッシュ。当ててくれた母は置き去りである(ちなみに某Jr.くんが附属高生なので、逆にダッシュしてるのかなあと思ったら、昼夜共に欠席だった)

 

4位:一時帰宅からのフラハ撮協(2017)

 

 一緒に行く子の家(神奈川)にお泊まりしてそのまま行くはずだった(と言うかお泊りの日程と被ったから申し込んでみたのが当たったの強くない?)。が、コンタクトを忘れ、1dayなので致命傷。一時帰宅すべく早くお暇して、地元のミスドで待っててもらった。自分の家から1番近い会場で良かったと思う。

 

 

番外編:JUMP夜公演翌日に直通始発でカウコングッズ

 

 もうそのまま水道橋いた方が良かったのでは?って思うほど、たった5時間ほどでカムバック。まあほんとに、家から1番近い会場でホント良かった(2回目)。というか、亀Pの団扇が欲しいのに、全然読めないからがんばって行ったのに、結局夜まで残ってたんだからちょっと泣きたくなったよね。

 

3位:持病級に膝が弱いのに大会翌日に立見席(2018)

 

 もうこれは!立見お断りの選択肢がないのが悪い!(一蹴)

 

2位:補講で1200m泳いで一時帰宅からの少クラ観覧(2014)

 

 前述の通り膝が弱いのだが、ちょうどその頃がピークで、膝にクッションを包帯で巻いて生活していた。そんなんでプールなんてできるかアホ!ってわけでサボり(休み)まくっていたら、一応診断書付きなのに(出してはいない)、治りかけで補講させられた。しかも補講日が少クラ収録日。最悪。ってなわけで部活をサボり、補講を泳ぎ、帰宅してシャワーを浴び、それから観覧。多分きっと補講なくても部活出てたかもしれないね、あの頃の私は若かった。

 

 

番外編2:ハニバタ開演5分前着席(2016)

 

 一応この年受験生だった。学校の夏講習に出席して駅のトイレで着替え、会場内ではなくTDC内のトイレに並ぶ。それからダッシュで入場したら席に着いたのが既に5分前だった話。でも5分もあれば手元の準備が余裕だったし、ソワソワが短い分気持ち的に楽だった気がする(ちなみにこれで味をしめた私はこの翌年、別のコンサートで席の準備をしてからトイレに行き3分前着席をやらかす)

 

1位:セクゾ仙台夜公演からの翌日NEWS静岡昼公演

 

 良い子は真似しないでください。っていうかここまで見事にかぶることって滅多にないと思いますけどね?とにかくこの教訓をブログに残しておきたいが故にこの記事を書き始めた。

 仙台セキスイの帰り、まずタクシーの方に行きたいのにバスの方に行ってしまったところから始まる(今後の皆様のためにざっくり書いておくとシャトルバスが上タクシーが下です)。間違えたと思って、でも当日券待ちもなあ…と思ってタクシーの方へ(これがまあかなり距離がある)。しかも降りながら雨が降り始めたのが致命傷。おかげでこの後リアルに震えて震えて仕方がなかった(仙台の4月の雨の夜は寒すぎた)。行く前にちゃんと調べていったけど、タクシーは言うほどバンバン来ません。乗ったタクシーの運転手さん、実はその日、会場と仙台駅(車で30分)しかしていないそう。多分会場と一番近い駅だけを往復してたら結構してると思うけどね…。とりあえず一回全部のタクシーが行っちゃうとしばらく音沙汰なしで待たされる。これが結構長い。もちろんタクシーもバスも全員を運ぶまで来てくれるみたい。けれども、タクシーを使い東京へ戻ろうとする方へ、日帰りは諦めたほうがいい。何せ、仙台駅から東京へ戻れる終電が22時前なのである。東京にいたら考えられないし、東海道新幹線だったらもうちょっと遅い気がする。とにかく仙台夜公演からの日帰りは無茶どころか無理!結局私は終電を逃すのが確定した21時過ぎの時点で、寒さに震える手でホテルを予約した(このホテルが駆け込みの割に安くて設備も満足だったので終電逃したのも思い出ってことにしているが、メンバーが普通に終電に乗ったという遭遇情報が出ていたのだけは許せない←)。まあこれ、母親とだったからできたことだし、とりあえず20歳になったらまずクレジットカードを作ろうと思う。

 普通の遠征ならこれで翌日ゆっくりして帰ってくればいいのだろうが、今回はそうはいかない。何せ翌日は静岡エコパに飛ばなければいけないのである(ほんとに家族そろって地方公演しか当たらないのやめてほしい)。始発の新幹線にのりまず東京に帰還、東京駅で弟を拾い今度は東海道新幹線へ。エコパは私が慣れっこなので、迷うことなく開場直前に会場に到着。だけどこういう時に限ってグッズ売り場って混んでるんだよね…。エコパは開園30分前に入れればトイレも行けるし大丈夫だと確信していたから、とりあえずグッズに並んだ。結局予定通りに30分前には入場できたし、トイレも行って5分前には着席ができた(番外編2からやっぱり余裕こいてる私)

 

 色々バカやってきたなって感じだけれども、もう若くないし(まだ若い)、もうちょっと遠征も楽しめたらいいなって思ってはいる。それが上手くいくかいかないかはまた別の話。とにかく「第2回無茶しすぎ現場選手権」なんて記事を書けちゃうことがないように気を付けたい(笑)。